沢蟹

 

 我が家に沢蟹が来て1ヶ月が経った❗️

 最初は15〜6匹ほどだったが、初めは要領が分からなくって水量を多くしてたら5匹が溺死状態で見つかった

 水量を1センチくらいにして芝杉を入れてやると登って一息つき出したら 2週間ほど一匹も死んでいない❗️

 京都(2泊3日)旅行の間も生き続けていた❣️

 流石にここまで育てると愛着が湧いてくる❗️

 魚屋(魚一の大将)さんが云う「素揚げにして塩をまぶせば酒の肴に合う❗️」とはならない❣️

 我が家では「沢ちゃん」と呼んでいる

 毎日、帰宅すると直ぐに盥に入れて飼育籠を洗い水を1センチ入れ芝杉を乱雑にしてから沢蟹を洗って投入

 餌は魚肉ソーセージに玉子の殻、たまに 御飯つぶ

 雄は左右の爪に大きさが違う

 冬眠用に川砂を入れてやろうか⁉️と思案中

「沢蟹と

  遊んで暮れる

   一日かな」

                   蟹🦀翁

とさるふ

 

 安寧の地と云えば やはり故郷

 漁師が釣り糸を垂れる場所は居る位置を知る為に「山立て」をしている

 漁師じゃなくても無意識に人は自分の居場所を山や川 周りの景色のなかに自分を置くことによって安心している

 自分の家から見える景色で存在感・居場所を確認している

 ところが、施設に入所すると途端に不穏になるのは自分の居場所が確認出来なくなるから❗️

 僕は以前から施設の部屋の東西南北の壁に自宅から見える それぞれの窓からの写真を貼ってあげれば不穏が少しでも緩和されるのでは⁉️と考えています

 この歳になって「ふるさと」の唄を聴いて郷愁を覚えるのは昭和生まれは多いのでは⁉️

 「兎うさぎ追おいしかの山やま

 小鮒こぶな釣つりしかの川かわ

 夢ゆめは今いまもめぐりて

 忘わすれがたき故郷」

 ところで、昨晩「四万十うなぎ株式会社」より、藁やきの鰻「白焼き・蒲焼き」が 3尾づつ冷凍が届いた❗️

 貼附票を見ると娘からの「ふるさと納税」品

 今、躍起をなって娘の扶養に成ることを調べている

 ここまで、兎にも追い詰まされているから「ふるさと」を捨てるしかない❗️

 老いては子に縋るしかない❗️

 僕の以前からの持ち歌は

 「縋る海峡 冬景色」

    縋翁

徒然草

 著者は吉田兼好(けんこう)

 兼好法師とも詠ばれている

 兼好を今風に詠めば「かねよし」

 「かねよし」さんなら親しみが持てる

 この「かねよし」さんが長生きの仕方を書いている

 僕の長生きの方法を昔、母親に話したら「馬鹿にするな😤」と怒鳴られた😅

 「お袋さん よ❗️長生きしたかったら、早死にしないこと❣️

 早死にしない方法は出来るだけ長生きすること❗️」

 と、言ったら頭をどつかれた

 扨、「かねよし」さんの方法は⁉️

 第八十二段に

「すべて、何も皆、事のととのほりたるは、あしき事なり。

 しのこしたるを、さて打ち置きたるは、おもしろく、生き延ぶるわざなり」と

 つまり、すべて完璧に揃えたり、物事を完備したりすればいいというものではなく、「しのこしたる」、どこかやり残したところがあった方が、面白く、また命が延びる気がする❗️と言っている

 勉強と金儲けはやり残した❗️というより、端からやる気もする気もなかった

 他のことはやり残したことも無い❗️

 昔の人はよく、「プール 一杯ぐらいは飲んだ❗️」と言っていた

 それで、昔 計算したことがある

 酒を毎日五合呑んだとしても年間320リットル

 高々、風呂一杯半

 50年間 呑んだとしても湯船82回分

 僕が呑んだのも これぐらい❗️

 「倒れたところが到達点」

    金好翁

京都漫遊記 第6弾

 

 愈愈、最終日

 朝から、9時2分の亀岡行きのトロッコ列車に乗り紅葉を愛でる❗️という訳でホテルを8時過ぎにタクシーで嵐山に出かけた

 流石に人影もまだらで時間に余裕があったら竹林を散策

 全国各地に竹林はあるだろうに整備されて散策出来る竹林は僅か❗️

 以前、調べたら全国の竹林から竹を伐って特殊な加工を施せば原発2個分の電気を賄える❗️と

 竹は毎年 一年間で8メートルほど成長する

 空気中の二酸化炭素を吸収して、それも毎年である

 雇用も生まれ景観もよくなる❗️休耕田が沢山あるんだから植えれば伐採も簡便

 竹林を散策しながら そんなことを考えてた

 そろそろ乗車時刻である

 最後尾の窓の無い席に座り いざ出発

 防寒対策は充分してきたが当日は無風で晴れ間が広がっていた

 小さなトロッコ列車が渓谷に沿いながら進む、対岸は紅葉・銀杏・常緑樹等の色で艶やかである

 終点に亀岡駅に着くと船着き場までは馬車で揺られて移動

 河原道を進む両側には芒が繁茂してた

 中々言うことを聞かない馬だったか、御者(馬車の運転手)も難儀してた

 漸くの保津川下りである

 24〜5人乗り込んだ

 舟を操る人は後の人が櫓を操り、前に2人、ひとりは櫂をかき、もうひとりは竹竿で川底を突いて進ませる

 急流は4〜5ヶ所ぐらい

 流れに任せて のんびり紅葉狩りを楽しんだ

 ところが嵐山に近づいて「此方の建物が星野リゾート、沢山の方が保津川と紅葉を楽しむために宿泊しています」と

 そこからは終点の嵐山まで数分

 渡月橋を見てびっくり🧐

 橋は人だかりで立錐の余地もないぐらい混んでいる

 船着き場から降りて歩道を歩いていると長〜い行列

 カップコーヒーを買い求める為の行列だった

 早々に嵐山から脱出するために嵐電の駅へ

 もう一度俵屋のギャラリー「遊形」に出向いた

 胡散くさいオッさんが手にしたストールのことを店員に尋ねている

 「アルパカの毛を編み込んでいますから暖かいですよ❗️」

 客、「アルパカの毛を編み込んで この値段は安い❗️ 買うわ❣️」

 「こりゃ100万はするでぇ〜❗️30万は安い❣️」

  俵屋界隈を散策しついる人にとって100万ぐらいはポケットマネ〜

 余談ですが、「柴漬け」は秋の終わり頃から本番

 夏に仕込んだのが発酵し出すのがこの季節

 日本料理「藤井」自家製の柴漬けは実に旨い

 季節の料理もその時々で素晴らしいですが、自家製のを購入して家で戴くと「藤井」のカウンターが思い出され また行きたくなる❗️

   京都了翁

京都漫遊記 第5弾

 

 日本料理 「藤井」を初めて訪れたのは去年の大晦日

 今年の4月も行ったから、今回で3回目

 兎に角、三人で しこたま呑むから 大将から弟子まで覚えてくれてた
 
 今回はカウンターではなく壺庭が見える座敷

 先ず、出て来たのが定番の「今日の出汁」

 この出汁で作った料理をお出しします❗️という趣向

 早速、酒を注文

 ワインの如き さっぱりした味

 銘柄は「稼ぎ頭」

 娘が「稼ぎ頭 2つと酔鯨1つ」と

 初回の時、この銘柄を聞いて 椅子から滑り落ちそうになった😅

 僕の生活力からすれば、これほど馬鹿にした銘柄の酒は有り得ない❗️

 ですから、今回の「稼ぎ頭」の飲み手は娘と家主人

 最初に出て来たのは 風呂敷に包まれた椀物

 風呂敷は膝掛けにして持ち帰り可

 椀の蓋を開けると一口大の餅米、その上に帆立の炙り、その傍らに雲丹

 次から次へと料理も運ばれてくるが、其れにも増して酒のピッチが上がる❗️

 今回の目的の一つが、藤井自家製の土佐醤油の購入

 近頃、刺身の醤油が甘くなって魚 本来の甘味が醤油に取って代わられている

 藤井の土佐醤油は実に魚の旨味を引き出している

 次いでに、藤井自家製の唐墨・柴漬け・ちりめん山椒も購入

 しこたま呑んで喰った❣️

 稼ぎが無いので振り向きもせず扉を開けて出た😁

 大将の歳は44〜5才

 河原町四条通りに今年の7月に「藤井のぷりん」なる店も出店

 朝から働き詰めとのこと

 僕一人の糊口を凌ぐのが精一杯

    糊口翁

京都漫遊記 第4弾

 

 昼食は新京極近くの町中華

 餃子を肴に酒を飲んだ

 6時に日本料理屋「藤井」に予約を入れているから、それまでホテルに帰り一眠り

 京都府立植物園がライトアップされているとのことで6時までの暇潰しに行くことにした

 入園料が200円とは驚き‼️

 パパイヤが大きな実をつけていた

 ホーチミンに在住している友人が先日パパイヤの写真を送ってくれた

 たぶん、ホーチミンのパパイヤと同じくらいの大きさでは⁉️

 いろは紅葉🍁が見事

 紅葉の回廊から少し離れたところに初めて見る「橘」が小さな実をつけていた❗️

 お雛様飾りにある「右近の橘、左近の桜」

 橘は日本固有の柑橘で、四国・九州・沖縄などの海岸に近い山地に自生しているらしいが見るのは初めて

 ミカン科だから実はミカンですが とっても小さい❗️

 30メートル超えるメタセコイヤの巨木群には圧倒された

 大きな温室があり多種多様な熱帯植物が繁茂してた

 ライトアップされた紅葉🍁が池の面に映るのも趣きがあった

 そろそろ料理屋の予約時間が近づいた

 タクシー🚕を呼ぶのに躊躇していると娘がスマホをいじりだしたら、直ぐにタクシー🚖と連絡が取れて画面にタクシーが近づいてくるのがリアルタイムで見れて、行き先も言わず動き出した

 料理屋の前に着くとドアが開いて支払いもせずに出た❗️

 何が何やら田舎のスーパー鈍翁には さっぱり分からない🥲

 日本料理屋「藤井」の話しは次回

     鈍翁

 

京都漫遊記 第3弾

 河井寛次郎記念館は五条坂金鋳町にあり、その看板を見て70年間の疑問が瞬時に氷解した❗️

 僕の名前は「寛」

 実は、物心がつき始めて自分の名前を親父から教えて貰った

 当たり前ですが、「寛」ではなく「見」のところに「、」がある字

 ところが、戸籍謄本には「、」がありません

 親父に訊くと「ワシは確実に書いた❗️ 戸籍係りの人が写し間違いしたのでは⁉️」

 しかし、何処の誰もにも「、」のある「寛」はなかった

 河井寛次郎記念館の看板の「寛」には「、」があった❣️

 僕は正に「画竜点睛を欠く」人生を送って来たことになる😱

 でも、記念館の床の間に飾られていた掛け軸を見て合点が行った❗️

 「樂在其中」

 楽しみは其の中に在り

 画竜点睛を欠いた人生であったが、これも楽しかった

 ところで河井寛次郎の作品、今 観ても豪快であり尚且つ繊細でもある❗️

 生活全てが芸術

 あらゆる用具を自作している

 ピカソより10年ほど若いですが、あの時代に日本であれだけの作品を手掛けたことは驚天動地

 素焼窯に注連縄が張られていたのでニ拝ニ拍一拝

     寛翁