本来なら長寿の祝いは数え年でするのが習わしですが、近頃は何となく数え年の風習が満齢になって来ている
満齢で僕の古稀は明日(10/22)となる
僕が生まれた1952年時の平均寿命は61.9才であった
平均寿命が60才を越えたのは1951年生まれから❗️
だから、親父は「こいつの寿命は62年か⁉️」と生まれた時には思ったはず
生まれた時の平均寿命を超えて明日は古稀
人生を振り返って見ても、唯々 馬齢を重ねただけだった
勉強に関しては後悔ばかりですが、人生で一番の愉しみは「子育て」でした
人間は両手がありますから、あっちも こっちも と欲張るもんですが、僕は片手だ❗️と思うようにしました
地位も名誉も金を求めると子育ては疎かになり、母親任せに成る❗️と
そこで、きっぱり手から「地位・名誉・金」を放下した
手に載せたのは「子育て」
大人になり、自分の子供時代を振り返ると後悔ばかり
図書館に行き子育ての本を数十冊は読みました
自分の子供時代と本から学んだことを実践した
本の中にこんな一文があったのを覚えている
「哺乳動物の親は子供に餌の捕り方を教えるが、人間の親は いつまでも餌を与え続ける!
だから、自立出来ない❗️」と
「じりつ」には「自律」と「自立」がある
僕は子供等を前に座らせて 二つの「じりつ」の漢字を書いた紙を見せた
「自カラヲ律スレバ、自ズカラ立ツ!」と
人生に遣り残したことは無い❗️
何時 迎えに来ようと心構えは出来ている
後は土に還るばかりである
土還翁