哲学の道

 

 琵琶湖から京都に水を引く為に造られた疎水

 僕の出身大学は京都と滋賀県大津市の中間辺りにある山科でしたから、疎水で時々 泳いでいた

 銀閣寺と南禅寺の間を結ぶ、約2kmに渡る散歩道

  20世紀初期の哲学者である京都大学教授 西田幾太郎が、毎朝この道を歩いて思想に耽っていたことにちなんで「哲学の道」と名付けられた

 思考は散歩にある❗️と

  フランスの思想家パスカルは、「人間は自然のなかでもっとも弱い一茎の葦にすぎない。

 だが、それは考える葦である」と

 西田幾多郎ならば、「考える足」となるのでは🙄⁉️

 僕も ここ5ヶ月ほど毎日裸足で散歩をしています

  面の皮ほどは厚くはないですが、足👣の裏の皮もかなり厚くなった

  散歩の最中、朝陽や雲や波に海岸、それに草や木に川を見ながら 想像が膨らむ

 文章の構想のほとんどは この散歩中に浮かんで来たやつ

 時には、想像から創造に繋がることもある

  何故、草木は動かないんだろう⁉️とか

 人間は どうして靴を履いているんだろうか🙄⁉️

  兎に角、不思議なことばかりで 一日中 夢窓の中に居る

                     夢窓翁🍂