自由主義と農耕民族

 

丁度、一年前の今日(9月4日)からブログとTwitterに投稿し出した

実は、僕が投稿しているのではなく、ベトナムホーチミン市で会社を経営されてる友人に贈っているのを彼がブログとTwitterに転載してくれているんです

ブログを調べると、一年間で335回投稿してた

日々の「由無し事」を書き連ねているばかり

読者数は213人

総スター数は3562

何処の馬の骨とも分からない人間の文章を読んでくれているんですから有り難いものです

たぶん、由無し事を書き連ねて来たのは10年以上前から、だから5~6000回は書いたのでは🙄⁉️

長年に渡り僕の中で渦巻いて来たのは、「何故に 世間は対立するのか🤔⁉️」

双方の主義主張の対立の根底にあるのは何なのか🙄⁉️ということ

その明確な答えは寡聞にして聴いたことも目にしたこともない‼️

つらつら思うに表題の『自由主義と農耕民族』の対立ではないかと近頃 思い出した

農耕民族の根底には家族主義があり、そこには上下という日本に於ける儒教精神が育まれゐる

土地本位だから縛りもあるだろう❗️

神仏が一体になって折り、その頂きに実の無い天皇陛下が居られる

その構図を破壊しようとしているのが「自由主義」の方々

民族も国境さへも拘束するものだから破棄すべき❗️

愛知トリエンナーレの「不自由な美術展」も「夫婦別姓」も、その根底には「農耕主義」の破壊ではなかろうか⁉️

ブログ・Twitterの一年を経た今日に このような 「気宇壮大」な珍説を述べることは身の程知らずですが、一周年ということでお赦し願いましょう

夢無翁 🙃