Bus

 外国語というものを覚える気はあるんですが、環境も然りで脳細胞が拒否反応をしてしまう😩

 僕はベトナムには40回ほど行っていますが覚えたのは3つだけ

 失読症というのがあって、日本人の場合は漢字は読めないが「ひらがな」は読める

 逆に「ひらがな」は読めても漢字は読めない

 要するに、日本語は2カ所の脳域を使っている❗️

 他の言語は1つの脳域しか使っていないから失読症になると一切読めなくなる❗️

 だから、外国人には日本語の読み書きは難しい❗️

 これは、僕は脳域を2カ所も使っているから他の言語を容れるスペースが無い❗️という言い訳

 だから、日本語以外の言語を喋れる人には尊敬しています

 ところで、以前喫茶店の名前で「Sukai」というのがあり、また食堂で「Eat house」のがありました

 カタカナ表記したり、直訳したり

 そんな妙な感覚 僕にもあるんです

 「Bus」をどうしても「ブス」と読んでしまう癖があります❗️

 兎に角、頭の中が勝手に処理する😢

    失楽翁

資源ごみ

 我が家の隣りは自動車整備工場

 なので修理の車が何台も置かれている

 ウッドデッキから見える一台は「ごみ収集車」

 収集車のサイドガードにこんな標語が書かれている

「資源ごみ分け方しだいで生き返る」

 この「資源ごみ」という言葉が腑に落ちない❗️

 「資源」なのか「ごみ」なのか⁉️

 「賢い馬鹿」という言葉は聴いたことがない❗️

    ⁉️ ⁉️ ⁉️🧐

 「賢い馬鹿」は無いが「専門馬鹿」というのがあった❗️

 コロナ騒動で 数多の専門家が画面を賑わせたが総じて「専門馬鹿」であった❗️

    ごみ翁

893

 

 ものには表裏があるし、人の身体にも背(陽)と肚(陰)がある❗️

 例えば、「徳」を背負えば「背徳」、隠れた恩徳は「陰徳」

 世の中には表の家業もあるし裏家業もある

 ある意味、僕のやっている家業はおおやけでは出来ないんで「裏家業」になるんでしょう⁉️

 表家業の挨拶が実に不愉快極まる❗️

 こちとら 一切疲れるようなこと(仕事・行動)をするのも考えるのも嫌なに「お疲れさまです」と❗️

 これが裏家業では「ご苦労さまです❗️」となる

 「ご苦労」を裏家業では 順番的に

 ①組長や若頭等が下っ端の者へ『ご苦労』

 ②階級が近い下の者へ『ご苦労さま』

 ③下の者が目上の方へ『ご苦労さまです』

 ④下の者が組長や若頭等へ『ご苦労さまでございます』

 この挨拶の仕方のほうが僕には腑に落ちる❗️

 毎日 寒さに耐える「寒修行」をしていますから、やはり「ご苦労さまです❗️」でしょう

   89314翁

independence day

 

 直木賞作家であった「阿部牧郎

 官能小説も多数書いているが、明治維新の折りに活躍した人達や先の大戦時での名を馳せた人達のことも よく調べて著している

『英雄の魂 小説石原莞爾』、『豪胆の人 帝国陸軍参謀長・長勇伝』など

 石原莞爾永田鉄山等の掛け値なしの大物は極めて稀であった❗️と

 明治維新の英傑と昭和陸軍の大物と呼ばれていた人達とは決定的に違っていた❗️

 維新の英傑達の「生命がいらぬという者ほど始末のわるい者はない」という覚悟が昭和には ほとんど居なかった❗️と

 要するに、昭和陸軍の大物と呼ばれた人達は官僚であり組織人であったから、小心物でありながも豪放磊落な姿を演じていただけだ❗️と

 今日2月24日でロシアがウクライに侵攻して1年となる

 ロシアの大統領や外務大臣、それに民間軍事会社のワグネル等を観ていると大言壮語ばかりであるが所詮 組織上をのし上がって来た小心連中ばかり

 攻撃する時は組織という後ろ盾があるから強いけれども守りになると保身の為に狼狽えるのが目に見える❗️

 「生命がいらぬという者ほど怖いものは無い❗️」

    独立国翁

電気代

 

 「働かざる者 食うべからず」

 これは日本の諺と思っていたが調べると「新約聖書

 「テサロニケの信徒への手紙二」に出て来るのだそうな🤫

 ほとんど毎日、店に来て開けてはいるが「仕事をしている」とか「働いている」実感は全く無い❗️

 僕が謂われて癪に障る言葉ある😤

 「忙しいですか⁉️」

 「お疲れさまです❗️」

 僕が「働いてはいない❗️」と言っても中々信じて貰えない😥

 暇潰しに店に居るだけ❗️

 それを証明する資料がある❗️

 たぶん、日本最下位では⁉️

 ほとんど毎日、朝の8時前から夕方6時ぐらいの間 店を開けている❗️

 その1か月の電気代が「1089円」

 1日あたり「36.3円」

 「働かざる者 電気使うべからず❗️」

    電気代翁

生きる

 

 若かりし頃、親父に「今まで観た映画で一番は何だった⁉️」って訊いた❗️

 すると即座に志村喬の「生きる」だ❗️と

 調べたら、公開は1952年の10月

 僕の誕生月

 この歳になって漸く「生きる」って意味が分かりだした

 あらすじは、「市役所で働き、30年間無欠勤のまじめな男。ある日、彼は自分が胃癌であることを知る。命が残り少ないと悟ったとき、彼はこれまでの事なかれ主義的な生き方に疑問を抱き始める。そして、ある市民から出された小公園建設に関する陳情書に目を留める。自身の人生を悔やみ始めていた彼は、最後に市民のために奔走する」

 雨が降りそぶる公園でブランコを漕ぎながら唄う歌

「いのち短し 恋せよ乙女

あかき唇 あせぬ間に

熱き血潮の 冷えぬ間に

明日の月日は ないものを」

 若い時観た感想は「そんなもんかなぁ〜⁉️」ぐらいだった

 世間という籠の中で餌と水を与えられて生かされ続けて、お役御免となれば柏になるブロイラー🐔

 中国では人間=世間

 「人間」から「人」へ

     間抜翁

土佐

 

 あの旨味が突然咽喉の奥から蘇って来た❗️

 「土佐あかうし」のステーキ🥩

 「土佐あかうし」は和牛の中でも褐色(あかげ)和種で、和牛と呼ばれる牛の中で9割が黒毛和牛であることから超希少とされている


 サシと赤身のバランスが良くて胃袋から手が出て牛🐂掴みしたくなる❗️

 高知市内の「ひろめ市場」の中にある「プティ・ヴェール」

 ワイン🍷を片手にステーキ🥩を頬張りながらマスターと会話し出すとワイン🍷の瓶が並んで行く❗️

 ステーキ🥩に使う塩🧂の話しになり、四万十川の上流の道の駅まで購入しに足を延ばした❗️

 その道の駅で食した「天然うなぎ」の皮の柔らかさは生涯忘れられない❗️

 「柚子の搾り汁」と「あか🐂うし」を食しに土佐に行こう❣️

    辰(竜)翁